まささん、新書「アメリカとは何か」を読んで⑥

アメリカとは何か

 新書「アメリカとは何か」についての連載、6回目です。

 前回の記事はこちらです。

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分断される世界

 明日の生活の心配がなくなって、初めて人は他人のことを考えることができる。ということはある意味では真実かもしれません。自分の生活の保障さえしてくれれば少し自由が制限されても我慢する。というのも理解できないわけではありません。(支持するわけではありませんが。)中国の習近平が言っている「中国式民主主義」もこういうことなんでしょう。そしていま世界中でこの考えを支持する政府や国民が増えています。権威主義的な右翼的ポピュリスト政治家が支持を広げています。今からちょうど100年前、第一次世界大戦が終結し、第二次世界大戦が始まるまでのいわゆる戦間期といわれる時代、今回の様な右翼的ポピュリスト政治家が支持を拡大した時代がありました。彼らはファシストと言われました。世界大戦によって、生活を破壊され、今までの価値観を否定された人々は、強い言葉で断定的に話す彼らに対し、大きな支持を表明しました。ドイツやイタリアだけでなく、欧米においても彼らは社会に対して大きな影響力を持ちました。(この辺の状況は、かなり古い本ですが、長谷川公昭著「ファシスト群像」(中公新書)に簡潔にまとめられています。参考になりますよ。)

 そして、その結果は、みなさんご存じの通り人類史上最大の惨禍だと言われている第二次世界大戦です。私は今のこの状況に恐怖を感じています。

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分断国家アメリカ合衆国に解決する処方箋はあるのか

 著者の渡辺氏は「仮に白人人口が2045年頃に過半数を割ったとしても、少なくともその後四半世紀は白人保守層の文化的反動が表出する可能性は十分にある。」と言います。「リベラル」な人たちから上から目線できれいごとを言われて、その政治信条だけでなく生き方そのもの、いや自分自身を否定されたと感じているトランプ支持者の白人保守層の心情も理解できなくはありません。しかし、暴力はいけません。本書に記載されたデータによると2009年からの10年間に起きた、米国内の過激派によるテロ事件の犠牲者427人の内、極右系によるものが73%、極右系のうち76%が白人ナショナリストによるもので、2020年の場合米国内で起きた17件のテロ事件の内16件が極右系によるもだったそうです。

 著者はまた、現在急速に進行している「情報革命」にも危惧を感じています。

ビックデーターやAiなどによって、個人の能力や判断、感性、趣向がデータ化され、そのパターン解析や意図的利用が容易になる中、もはや自立性や主体性など存在するのか。(中略)個人がデータと化す中、個人の尊厳やアイデンティティとは何を意味するのか。個人(市民)そのものの自立性や主体性が揺らぐ中、「民主」主義とは何を意味するのか。これらは「実験国家」や「理念の共和国」としての米国の根幹にかかわる問いである。中長期的な米国の社会統合の行方を考える際、技術革新がもたらす影響は人口動向や経済格差と並んで留意すべきと思われる。

引用:アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋 (岩波新書)|渡辺靖(著)

 そしてこれらのデジタル技術を駆使しての情報工作(これをシャープパワーと言うそうです。)をロシアや中国はこれからも益々多用してくることでしょう。

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「理念の共和国の」の真価

 著者の渡辺氏はこう続けます。

権威主義は短期的な政策目標を実現するうえでは、一見効率的だが、中長期的な政治や社会の安定という上ではリスクが高い。

引用:アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋 (岩波新書)|渡辺靖(著)

 前にもご紹介したフランスの政治思想家トクヴィルはその著書「アメリカのデモクラシー」(岩波文庫ほか)で「民主主義は王政や貴族団よりも誤りに陥る機会を多く持っているが、また、一旦悟りが開ければ、真理に立ち戻る機会も多く持っている。(中略)それゆえにアメリカ人の重大な特典は、他の諸国民よりも文化的に啓蒙されているばかりでなく、欠点を自ら矯正する能力を持っているということである。」

 最後に著者の渡辺氏はこう言います。

双方向のコミュニケーションを通じて相手の心と知性を勝ち取る。この力を維持できるか。中長期的な米国の社会的統合の行方を考える際、これがおそらくもっとも根源的な問いであろう。なぜなら、それは米国という近代啓蒙思想の上に立脚する「理念の共和国」の根幹に直にかかわるものだからだ。

引用:アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋 (岩波新書)|渡辺靖(著)
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私が分断国家アメリカ合衆国に思う事

 長々と書いてきた割には、大した結論ではなく、だれもが考える様な結論になってしまいました。即効性のある処方箋を期待した人には申し訳ないのですが、それだけ現状は難しいということでしょう。

 しかし、私はアメリカ合衆国の復元力を信じています。かつてこの国はその植民地時代から何度も世論が極端に振れたことがあります。植民地時代の「魔女狩り」、第二次世界大戦時の「排日法案」、戦後の「マッカーシズム」。しかし、どの振れも揺り戻しがあり、何年か後には通常に戻っている。その力を私は信じたいと思います。(甘いですかね。)最期に、井上一馬著「アメリカ映画の大教科書(下)」(新潮選書)に乗っていたエピソードをお話しして終わりにしたいと思います。

 時は「マッカーシズム」吹き荒れるアメリカハリウッド。映画監督の中の共産主義者のブラックリストを作ることになり、その委員会の委員長に大監督のセシル・B.・デミルが就任します。そして新聞にのった「マンキーヴィッ(「イブの総て」、「裸足の伯爵夫人」などの監督)は赤だ。」の記事をもとに委員会でデミルは、マンキーヴィッを尋問します。マンキーヴィッも反論し、両者は長時間非難合戦を繰り広げます。そうした中、ジョン・フォードがおもむろに立ち上がります。超保守派であり、熱心な共和党支持者のフォードが何をしゃべりだすのかと皆が注目していると

「私の名は、ジョン・フォード。西部劇を作っている。私はこの部屋にいる人間の中でセシル・B・デミル以上にアメリカの大衆が見たいものを知っている者はいないと思う。そして彼はそれを提供する術を知っている。その点で、私は彼のことを尊敬する。」

 そこでフォードはいったん言葉を切ってデミルの顔をにらみつけた。

「だが、俺はあんたが嫌いだ。あんたの意見も、今夜ここで言ったことも嫌いだ。俺はマンキーヴィッに信認の一票を投じたい。そしてもう家に帰って寝ようじゃないか。」

 このフォードの一言で委員会の論争に終止符がうたれました。

 さあ、いよいよ中間選挙です。どのような結果が出ますやら。

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